Blue Öyster Cultは “thinking man’s heavy metal” 「知性派が好むヘヴィ・メタル」④

ブルー・オイスター・カルト(Blue Öyster Cult)

前の記事の続きです。Blue Öyster Cultが “thinking man’s heavy metal”である3つの理由について述べてきました。多彩な音難解な歌詞と世界観。この2つがバンドのメインの個性だと私は考えます。そして今回は3つ目の個性について語りたいと思います。

Blue Öyster Cultが「知性が好むヘヴィ・メタル」である理由の3つ目は、Blue Öyster Cultを Blue Öyster Cultとしているもの、「らしさ」であると管理人は考えます。それはメタ認知的パロディ文化です。どのシーンを切り取ってもでも、彼らが100%シリアスに表現しているとは思えないのです。ポストモダニズム的な自己意識と言いますか、自分の上に自分が別の自分がそれを客観的に見ながら斜に構えて笑っている、そのようなメタ認知的パロディ文化を私は感じます。

あくまで管理人の捉え方ですが、頭がいいというのは、知識が多いことでも機転がきくことでもなく、メタ認知能力があるということだと私は思います。自分が認知していることを客観的に把握し、コントロールできるかです。そのためには、もう一人の客観的な自分がいなくてはなりません。 Blue Öyster Cult にはバンドを客観的に見つめながら、見つめる自分自身を認知し観察し、そして面白がっているような側面があります。これが多彩な音表現、面倒くさい歌詞とその世界観と相まって、「わかりにくい」「胡散臭い」「ふざけている」という評価につながっていくのです。このアティチュードはすべてのロックファンから高い評価を得られるわけではないことを、バンドもわかっているはずですが、彼らはあくまでメタ認知的パロディ文化を捨てずに勝負してきました。そしてその姿勢が Blue Öyster Cult をロックのメインストリームからは遠ざけ、亜流の王道を歩んだバンドとして君臨しつづける原動力になったと管理人は思うのです。

個人的なエピソードをご紹介します。私の知人に熱心なプログレ・ロックファンがいます。大変な勉強家でものすごい数のプログレ音源を聞いてました。その方が Blue Öyster Cult について面白いことをおっしゃっていたのは「Blue Öyster Cult は、占星術や死神の路線で勝負すればいいのに。超大作志向で尊敬されるバンドなのに、なんでふざけた曲をいれてだいなしにするんだろう?」ここでいうふざけた曲は、1976年リリースの「タロットの呪い」に収録されているTatto Vampireという曲です。

私自身はTatto Vampireこそが Blue Öyster Cultらしさだ!と思っていたので、この指摘を受けて大変驚きました。メインストリームというか超正統派を愛するロックファンにとっては、大作の隙間に入っている、街のいかがわしい場所にある吸血鬼のTatto専門店の強烈な女主人についての短い曲は耳障りなんだ・・と。が、驚いたと同時にそりゃ、そうだよね、と合点もいきました。だって、「まとも」じゃないから。綺麗で複雑な音表現と知的なSFな世界を期待してたら、イントロはガシガシガシガシと激しめの音。パンク。ノリノリ。途中に蝙蝠の鳴き声まではいってて。歌詞も上品ではなくてアレだし。大作を期待してたら2分41秒で終わってしまう。相撲の技で例えるなら、肩透かしでしょうか。相撲の解説者がしてやったり、と表現するときがありますが、Tatto Vampireは Blue Öyster Cult 的には、してやったりな曲だと管理人は思います。正統派ロックを愛するロックファンが Tatto Vampire を演奏している Blue Öyster Cult を見て「なんだ、これ!」「もう終わったのか?!」と呆れている姿を、離れていることろで Blue Öyster Cult のメンバーが見て笑っている、そのような図です。

バンドのメタ認知的パロディ文化の具体例はたくさんあります。中でも一番わかりやすいのは、NOZILLAでしょうか。1998年のアメリカの映画「GOZILLA」で、自分たちが1977年にリリースしたSpectresに収録されている有名な曲「ゴジラ」が使用されなかったことについて、意趣返し的にNOZILLAというパロディソングを作ってラジオのみでリリースしたのです。パロディといいながらも、本人たちの演奏です。クオリティはとても高いのです。因みに、歌詞は以下のように、割とストレートに嫌味を言っています。

GOZILLA の歌詞(抜粋)Oh, no, they say he’s got to go Go! Go! Godzilla

NOZILLA の歌詞(抜粋)Oh no! Think I’ll stay home. There’s no Godzilla!

メタ認知的パロディ文化がうかがえる名曲は他にもあります。随時ご紹介させていただきます。

長い説明となりましたが、Blue Öyster Cultが「知性派が好むヘヴィ・メタル」であり続けた理由3つ、 多彩な音難解な歌詞と世界観、そして メタ認知的パロディ文化 についてお話させていただきました。敢えて本流ではなく亜流を選び、50年間勝負してきたバンドです。本流を堂々と横綱相撲で勝ち続けることは素晴らしく価値がありますが、してやったりの勝負で際どく生きてきた Blue Öyster Cult の楽曲と世界観、アティチュードに私は魅力を感じます。日本のロックファンの間では彼らの歌詞やメタ認知的パロディ文化がことさら受け入れられていないと感じますが、彼らは「わかりづらい、でも、面白い。」これに尽きると思うのです。

1977年リリースのアルバム Spectres の CDジャケットです。彼らを代表する著名な曲、Gozillaが収録されています。元大リーガーの松井秀喜さんがテーマ曲として使用したことでも有名です。

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